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お知らせ

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 このたび、別に公開している『ひぐま通信ホームページ』を徐々に縮小して、その内容を「ヒグマのひとりごと」、「親鸞さんノート」などのブログへ移すことにしました。少し、記事が重複したりすることがありますが、ご理解願います。(2016.12.13)
 このマークのついている記事は、ひぐま通信ホームページから移したものです。
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得度式 [真宗大谷派]

 念願の得度式を3月7日に京都にある真宗大谷派の本山(東本願寺)で受け、無礙光寺(むげこうじ)衆徒(しゅと、寺院付の僧侶のこと)となりました。無礙光寺は北広島市共栄町にある100年以上たった歴史のあるお寺です。
 得度式を受式するにあたって、男性は全員剃髪します。得度のために剃髪することは「みつのもとどり」を切って求道者として新しく人生の第一歩を踏み出すことを意味し、同時に親鸞聖人の往時の得度姿にならうこととお教えいただきました。私は、あと一か月ほどで65歳になりますが、得度式で唱和した三帰依文の誓いを大切にして、第二の人生を親鸞聖人の教えを奉ずる真宗大谷派の僧侶として生きていくとあらためて覚悟しているところでございます。

得度式とは
 得度式は、真宗大谷派の僧侶となる重大な意義ある儀式であって、真宗本廟の御影堂(ごえいどう)において、門首がこれを行われるのであります。
 得度式では「願従今身盡未来際(がんじゅうこんじんじんみらいさい) 帰依佛(きえぶつ) 帰依法(きえほう) 帰依僧(きえそう)」の三帰依文(さんきえもん)を、一同唱和します。
 これは、「願わくは、今のこの身より、未来のはてを盡(つく)して、仏に帰依し、法に帰依し、僧に帰依します。」という、三宝に帰依する大切な御文であります。 真宗の僧侶として、宗祖親鸞聖人が明らかにしてくださった阿弥陀仏の本願を信じ、念仏を申し、御同朋御同行と共に生きる僧伽(さんが)の一人となることを誓いとすることが、得度の大事な意義といわねばなりません。
 また、得度のために剃髪(ていはつ)をすることは、『口伝紗(くでんしょう)』に述べられているように、勝他(しょうた)・利養(りよう)・名聞(みょうもん)という、「みつのもとどり」を切って求道者として新しく人生の第一歩を踏み出すことを意味し、同時に「鬢髪(びんぱつ)を剃除(ていじょ)したまいき」と『御伝鈔(ごでんしょう)』に記されているように、宗祖聖人の往時の御得度の姿にならうことであり、聖人の教えを奉ずる真宗大谷派の僧侶となる自覚をもつことであります。(真宗大谷派宗務所)

 さて、時々「住職になるんですか?」と聞かれますので、そのことについて少し説明します。私のように僧侶としての教育を一切受けていない者が、基礎的な研修(お経が読める、宗派のことについて理解している、など)だけで、得度式を受けて僧侶になっても、住職になることはできません。
 住職になるためには真宗大谷派で定める『教師』という資格が必要です。これは、大谷大学で所定の学科を修める、大谷専修学院で1年間修学する、教師資格検定を受けて合格するなどを経ないと資格を取ることができません。いずれにせよ、時間と努力とお金が必要です。
 住職にならない(なれない)とすれば、どうするのか。私の場合は、知りあいのお寺の衆徒(しゅと)となって僧侶としての役割を果たすことになります。因みに、私は得度式受式の願書として「得度願」というのを本山に提出したのですが、その時に知りあいのお寺の住職へ衆徒に加えてくださいという願を出し、同意の署名、捺印をいただきました。衆徒とは、簡単に言えば住職以外の僧侶のことです。伴僧という言葉もあります。伴僧(ばんそう)とは、法要・葬儀などのとき、導師に付き従う僧のことです。 (2010.3.19)
 
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得度研修 [真宗大谷派]

 「得度研修」出席の報告です。
 研修は、1月13~15日の2泊3日、合宿方式で行われました。初日は午後1時から午後8時まで、二日目は午前7時から午後8時まで、最終日は午前7時から午後0時30分まで。この間は小休憩と仕出しの食事時間があるだけ、かつその大半がお寺の本堂の畳の上での研修でしたので、とっても疲れました。
 場所は、札幌市内藻岩山の麓にある真宗大谷派(東本願寺)の施設である「北海御廟」と併設の「青少年研修センター」というところです。暖房は十分効いていたので真冬の研修ですが寒さは感じませんでした。参加者は、大人13人、子ども(中学生以下)9人の合計22人でした。いつもよりはだいぶん少ないそうです。もちろん、その大半は大人、子どもに分かれて研修を受けました。先生(講師、スタッフ)は11人で全員僧侶です。全道各地から来られていました。
 大人の研修内容は、「講義」(かなり難しかった)、「座談会」(これはたいしたことはなかった)、「声明(しょうみょう:お経を唱えること)の練習」(これが一番疲れました)、「装束作法(衣の着方、たたみ方など)」(まったく分からないことですので楽しく練習しました)そして「考査」がありました。考査は筆記、面接、声明の三種があり、特に声明はみんなが遅くまで練習して考査に臨みました。講師も熱心に夜遅くまで補講をしてくれました。
 参加者の大半はお寺関係で(私もそうですが)、まったくお寺に関係ない人は2人ではなかったかと思います。そのうち一人は大谷高校の校長、もう一人は僧侶の資格を取ることによってお寺の従業員(法務員といいます)になるひとです。まあ、私も法務員ということになるのですが。大人は男性より女性の方が圧倒的に多く、その大多数が住職の奧さんでした。
 皆さんは、このような研修があることを当然知らなかったと思いますが、私自身もまったく知りませんでした。そのため少々戸惑いましたが、難しいことはほとんど無く、僧侶として何を勉強しなければならないかや僧侶としての基本的な心がけを学ぶことが主目的です。ただ、この研修を経ないと京都本山(東本願寺)での「得度式」を受けることができなく、従って真宗大谷派(東本願寺)の僧侶となることができません。おかげさまで、修了証をいただくことができましたので、3月には「僧侶」になることができると思います。その後はどのようなことになるのか、今のところまったく分かりません(勧めてくれた住職と何も打合せはしてませんので)。でも、住職も僧侶である弟も大変喜んでくれましたので、これからも一生懸命勉強し、声明の練習をして、残る人生を僧侶の一員として恥ずかしくない生き方をしたいと思っています。
 昨年暮れに出版された五木寛之の「親鸞(上・下)」という本を読みました。とっても人間らしい親鸞の半生が描かれています。宗教に興味のあるなしは別としておもしろい本ですから、ぜひ一度読んでみてください。北海道新聞に1年間連載していたものですからすでに読んだ人も多いとは思いますが。ついでに宣伝させていただきました。(2010/1/22)
 
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稲田の草庵跡(西念寺) [仏教概要]

 写真は茨城県笠間市稲田にある親鸞聖人の草庵跡といわれる寺院(西念寺)の境内で撮ったものです。横浜から北海道への帰宅途中に寄った茨城のこのお寺で、おかげさまで規模は小さいながらも、それはきれいな紅葉を愛でることができました。今年唯一の秋の味わいでした。

  簡単にこの地の紹介をします。
 『越後から常陸に入られた聖人は、ここ稲田に居を構えられました。「御伝鈔」(親鸞聖人の曾孫である覺如上人が書いた親鸞聖人の一代記)に「笠間郡稲田郷という所に隠居したまう。幽棲(ゆうせい)を占(し)むといえども、道俗(どうぞく)あとをたずね」と述べられている場所であるとされています。親鸞聖人はここで妻の恵信尼公とともに20年間在住され、有名な「教行信証」もここで書かれたということです。境内右手を上ったところには、親鸞聖人の頂骨を納めたとされる「聖人御廟」があり、北条頼時の歌碑、天然記念物の銀杏などなどがあります。
 稲田の草庵跡は「稲田禅坊」、「稲田御坊」などとも呼ばれ、一派に偏らない(浄土真宗は有名なだけでも10派あり、最大は浄土真宗本願寺派(西本願寺)、次は真宗大谷派(東本願寺)です)浄土真宗の「別格本山」となっています。寺院名は「西念寺(さいねんじ)」といい、本堂は平成7年に再建されたものです。』(2009.11.27)

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門徒もの知らず [真宗大谷派]

 二週続けて日曜日に、東本願寺の「真宗基礎講座」という門徒初心者向けの研修会に出ました(「門徒」という呼び方は浄土真宗の在家の信者のことをいいます)。その座談会の中で参加者から「門徒もの知らずといわれますがどうしてでしょうか?」という質問が出ました。
  司会をしていたあるお寺の住職の回答は次のとおりです。『この言葉は元々、「門徒物忌み知らず」と言われていたものが略されて、「門徒もの知らず」になったと言われています。「ものを知らない」というのではなく「物忌みを知らない」ということです。「物忌み」というのはバチやタタリを畏れ、それを避けることを言いますが、これが実は浄土真宗の教えから言えば、全くの迷信・俗信なのです。つまり、「門徒物忌み知らず」とは、迷信俗信にとらわれない浄土真宗の門徒の生き方を示した言葉なのです。』
 私の父は浄土真宗(宗派でいうと「真宗大谷派(東本願寺)」)の僧侶だったのですが、今の説明でいう「物忌み知らず」では徹底していました。無理してそのように迷信などを信じないようにしていたのではなく、本当に信じていなかったのです。普通、僧侶だったら一般の方よりそのようなことを信じて生活するのではと思われるものですが、父親は本心から信じていないようでした。
 「大安」「仏滅」「友引」などの六曜、4や9の数字に絡むこと、一膳飯に箸を立てる、遺体の上に魔よけの刀を置く、出棺時にお茶碗を割る、お棺をぐるぐる回す、清め塩を使う、火葬場への行きと帰りの道を変えるなど葬儀に関する迷信、方角の吉凶、家相、手相、墓相、占い、まじない、厄払い等々たくさんの物忌みが今でも日本人の生活の中で生きていますが、それらについてまったく信じず生きていました。
そのせいでしょう、私もまったく信じない人間に育ち、今でもそのように生きています。迷信を信じる、信じないはその人の考え方生き方ですから、私はそのことをどうのこうの言うつもりはまったくありませんが、例えば六曜は中国の占いから生まれたものですがその本家の中国では無意味なものとしてまったく使われていないことを知っておく必要はあると思います。(2009.12.11)

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自己紹介 [自己紹介]

 私は、3月7日に京都の真宗大谷派本山真宗本廟(東本願寺)で得度式を受けたばかりの、昨年長いサラリーマン生活を終えた年金生活者です。知りあいの住職のお誘いに私自身がお寺で生まれ育ったという背景も手伝って、第二の人生を親鸞聖人の教えとともに生きたいと考え、得度しました。
 そのようなことから、ただ今、親鸞聖人の教えすなわち浄土真宗の猛勉強中です。このブログでは、私の勉強したことを紹介しながら、意外と少ない浄土真宗の紹介ウエブの一つになればと思い、このたびこのブログを立ち上げました。よろしくお願いいたします。

 これから、順不同で勉強中のまたは勉強した浄土真宗の教えを掲載していきます。あくまでも、私の『学習ノート』ですから、間違いなど多々あると思います。その時は、忌憚のないご意見、ご指摘をいただきたくお願い申し上げます。
 また、少しずつ内容を充実させ、カテゴリーを明確にして整理していきます。しかし、当面はカテゴリー不明、意図不明の連続になると思いますが,そのようなことからご容赦願います。加えて、登録後に間違いが見つかったときは都度修正していきますので、その点もご了解願います。
 皆さんと一緒に、親鸞聖人の教えを勉強していきたいと思います。永いおつきあいをお願い申し上げます。


大乗の至極 [仏教概要]

大乗の至極

 宗祖親鸞聖人は、『末燈鈔』の中で、「選択本願は浄土真宗なり」と、そして「浄土真宗は大乗のなかの至極なり」と表明しています。「大乗」の多くは、「私はいつでも仏(覚った者)に成ることができるが、仏に成りたいと願うすべての人びとが仏に成らないかぎり、その間は、私も仏に成らない」という,菩薩の誓願によって成り立っています。釈尊の「覚り(等正覚)」の智慧が、仏に成りたいと願う十方の衆生を仏に成らしめずにはおかないという慈悲となって華開いたのが菩薩の誓願であります。
 浄土真宗は、そのような「大乗」のなかの「至極」であるとはどういうことでしょうか。このことについて、『愚禿鈔』には、

大乗教について、二教あり。
 一には頓教、二には漸教なり。
 頓教について、また二教二超あり。
  二教とは、一には難行(中略)。
  二には易行 浄土本願真実の教、
  『大無量寿経』等なり。
 二超とは、
  一には堅超。(中略)
  二には横超
   選択本願、真実報土、即得往生なり。
(真宗聖典四二三~四二四頁)

と、「大乗のなかの至極」とは、「易行」であり、「横超」であると説明されています。 この内容を大乗の菩薩という視点から見るならば、菩薩たちの様々な誓願の中にあって、法蔵菩薩の誓願こそが「至極」であるということであります。仏に成りたいと願うすべての人びとが、仏に成り、大涅槃(無上覚)という仏果を実現するために、阿弥陀如来の極楽に往生したいと願うならば、必ず仏に成らしめるという、法蔵菩薩の誓願であります。しかも、その誓願は阿弥陀如来の本願となって、すでに「必至滅度の願」として成就しています。それは必ず仏に成り仏果に至らしめられるという必然性の成就であります。釈尊の等正覚に導かれ、仏に成りたいと願って本願を信受する者は、無上覚・証大涅槃の仏果に至る正定聚の位にすでに住しているからであります。宗祖は、

信心をえたる人はかならず正定聚のくらいに住するがゆえに、等正覚のくらいともうすなり。(中略)
正定聚・等正覚は、ひとつこころ、ひとつくらいなり。(中略)
補処の弥勒とおなじくらいなり。(中略)このたび無上覚にいたるべきゆえに、
(真宗聖典五九一頁)

と述べられ、また、

真実信心うるゆえに
すなわち定聚にいりぬれば
補処の弥勒におなじくて
無上覚をさとるなり
(正像末和讃、真宗聖典五〇二~五〇三頁)

とも和讃されている。この故に、

安楽仏国に生ずるは
畢竟成仏の道路にて
無上の方便なりければ
諸仏浄土をすすめけり
(高僧和讃、真宗聖典四九三頁)

と、この「無上の方便」のことが「大乗のなかの至極」と宣言されているのであろう。
(『ともしび』2009年11月号掲載より引用しました)

※「大乗」
 大乗の「乗」とは「乗り物」の意味であり、正覚(※諸仏が等しく成就する無上・不偏の悟り)へ導く教法を彼岸へいたる乗り物に見立てている。そうして、一切の人々を正覚へといたらしめる「偉大な乗り物」として「大乗」とよぶようになった。これに対し、伝統的な教法を自利にのみ専念する「劣った乗り物」として「小乗」とよんだ。大乗・小乗といういい方は、大乗の立場からの一方的な呼称である。(『大乗の仏道』80~80頁)


真宗大谷派とは [真宗大谷派]

真宗大谷派とは

浄土真宗の一派。京都府京都市の真宗本廟(東本願寺)を本山とする宗派。
1602年に徳川家康が教如に本願寺の東へ寺地を寄進したことにより、教如を12世門主とする東本願寺(真宗大谷派)として独立した。

【宗旨】      阿弥陀如来
【正依の経典】  仏説無量寿経(大経)
          仏説観無量寿経(観経)
           仏説阿弥陀経(小経)
【宗祖】      親鸞聖人
【宗祖の主著】  顕浄土真実教行証文類(教行信証)
【宗派名】     真宗大谷派
【本山】      真宗本廟(東本願寺)
【所在地】    京都市下京区烏丸通七条上る常葉町754番地

※浄土真宗とは
浄土真宗(じょうどしんしゅう、Shin-Buddhism, Pure Land Buddhism)は、日本の仏教の宗旨のひとつで、鎌倉時代初期に法然の弟子の親鸞が、法然の教えを継承し、親鸞の没後にその門弟たちが教団として発展させた。 宗旨名の成り立ちの歴史的経緯から、明治初期に定められた宗教団体法の規定(現在は、宗教法人法の規則による「宗教法人の名称」)により、同宗旨に属する宗派の多くが宗派の正式名称を「真宗○○派」とし、法律が関与しない「宗旨名」を「浄土真宗」とした。過去には、「一向宗」、「門徒宗」とも通称された。

親鸞の著書に「浄土真宗」・「真宗」とあるのは、宗旨としての「浄土真宗」のことではなく、「真の宗(むね)である浄土宗の教え(法然の教え)」の意である。親鸞自身は独立開宗の意思は無く、法然に師事できた事を生涯の喜びとした。
 (この部分は フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から)


三帰依文 [声明]

三帰依文(さんきえもん)

人身(にんじん)受け難(がた)し、いますでに受く。仏法(ぶっぽう)聞き難(がた)し、いますでに聞く。
この身(み)今生(こんじょう)において度(ど)せずんば、さらにいずれの生(しょう)においてかこの身を度(ど)せん。大衆(だいしゅう)もろともに、至心(ししん)に三宝(さんぼう)に帰依(きえ)し奉(たてまつ)るべし。

自(みずか)ら仏(ぶつ)に帰依(きえ)したてまつる。まさに願(ねが)わくは衆生(しゅじょう)とともに、
大道(だいどう)を体解(たいげ)して、無上意(むじょうい)を発(おこ)さん。
自(みずか)ら法(ほう)に帰依(きえ)したてまつる。まさに願(ねが)わくは衆生(しゅじょう)とともに、
深(ふか)く経蔵(きょうぞう)に入(い)りて、智慧(ちえ)海(うみ)のごとくならん。
自(みずか)ら僧(そう)に帰依(きえ)したてまつる。まさに願(ねが)わくは衆生(しゅじょう)とともに、
大衆(だいしゅう)を統理(とうり)して一切(いっさい)無碍(むげ)ならん。

無上甚深微妙(むじょうじんじんみみょう)の法(ほう)は、百千万(ひゃくせんまん)劫(ごう)にも遭遇(あいあ)うこと難(かた)し。我(われ)いま見聞(けんもん)し受持(じゅじ)することを得(え)たり。願(ねが)わくは如来(にょらい)の真実(しんじつ)義(ぎ)を解(げ)したてまつらん。
+++++++++++++++++++++++++++++

●三帰依文は、なぜわれわれが仏教に帰し、仏道を歩もうとするのかという理由を教えている。われわれが人間として生きることの意味を、どのように確かめるかについてのもっとも基本的な領解を示すものである。

●三帰依文は、お釈迦さまが教えてくださった「法」と、法に目覚めた「仏」と、その仏の教えられる法を依りどころとする人の集まり(=「僧」)の3つを「三宝」といい、そのことを大切な宝ものとして生きていきますと、ご本尊の前で確かめるものです。 (真宗大谷派ホームページTOMO-NETから)

●お釈迦様在世の当時から、三帰依、すなわち仏と法と僧という三つの宝への帰依が誓われてきました。われわれ仏教徒にとって、三帰依文は、まさに仏教徒であるという証であり、合言葉なのです。(真宗大谷派 名古屋教区 第30組のホームページから)

●三帰依文(大内青巒の制定による)
 「三宝(さんぼう)」とは、仏・法・僧のことをいい、仏教そのものです。仏とは釈迦牟尼仏であり、目覚めた人ということでもあります。法とは仏の教説であり、真理をも意味します。僧とは、仏にしたがって法を求める人々の共同体のことです(元々僧伽[サンガ]といい、略して僧、僧侶とは僧伽の侶=なかまという意味です)。

 生まれ難くして人間として生まれ、今まさに仏教を聞いています。今この時に救われずして、いつ救われましょうか。さあ、みなさん、まさに「至心に三宝(仏教)に帰依」してください。仏教に巡り合うということは、とても大変なことですが、今、仏教を聞いて、受け入れています。願わくは、仏教によって救われてください。

 「三宝に帰依する」とは、仏教を信じ、自分の運命については絶対にこれにまかし、これをたのみとすることをいいます。われわれ浄土真宗においては「三宝に帰依する」とは、まさに「阿弥陀仏に帰依する」ということであります。これを「南無阿弥陀仏」といいます。「南無阿弥陀仏」とは、あなた自身が、あなたのまま、そのまま救われるということです。あなたは特別な能力や修行によることなく、阿弥陀仏の力で、そのまま救われるのです。救われるとは、あなたが自分に目覚め、自分をかけがえのない存在としながら、同時に自分を忘れて他者のために生きることが可能となることをいいます。何とありがたいことでしょう。すなわち、「南無阿弥陀仏」とは、「阿弥陀様、私を救ってくださってありがとう」ということなのです。一度、三帰依の世界に入ると、阿弥陀様に感謝せずにはいられなくなるのです。

 われわれ浄土真宗の宗祖・親鸞聖人は、「親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり」(歎異抄・第二章)と、おっしゃっています。阿弥陀仏を素直に信じればよいと、やさしく教えてくださっています。どうぞ、親鸞聖人の後に続き、三帰依の世界へ、お入りください。順覚寺 釋義暁 (真宗大谷派 名古屋教区 第30組のホームページから)

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